お侍様 小劇場 extra

    “真っ赤っ赤な お友達?” 〜寵猫抄より
 


 今年はなかなか雨が降らないねぇと言ってるところもあったかと思や、土砂降りな雨が結構続いて、今年もゲリラ豪雨には用心しないとなんて言われているところもありの。そうかと思えば、梅雨寒で上着がなかなか仕舞えないところがあったり、何の何の、もう“猛暑日”を記録しましたよという激烈な暑さが襲ったり。

 「春も何だか落ち着きがなかったし、
  梅雨前の初夏もそのまま夏になるかって暑さでしたが。」

 こりゃあ夏もまた、とんでもなく暑くなっての、豪雨にもご用心って乱れようなんでしょうかねと。そんな予兆に満ちた蒸し暑い中、わざわざ原稿を預かりにと運んでくださった、某雑誌社編集員の林田くんが ぼやくように口にして。それでも、

 「そんな中で、早々と秋や冬の情景を書き起こしていただくのですから、
  先生がたも大変ではありましょうが。」

 ひんやりした肌触りが絶妙なおしぼりと、口当たりのいい、よく冷えたジンジャエールを出され。汗も乾きも何とか落ち着いたからだろか。そのようにねぎらう言いようを繰り出せるまで回復した、うら若き編集さんのお言葉へ、

 「なんの。
  この猛暑の中、外を歩いて来ないと仕事にならぬ、
  君らが一番大変だろうよ。」

 ほんの半日前までは、空気も もたりと重たげだった、この夏一番という蒸し暑さのせいか。秋の夕日に染まるススキの原にての切り結びの一景、どうにも集中出来ずにまとまらず。軽い度の入ったメガネを鼻梁半ばまでずり下げて、う〜むう〜ぬと蓬髪掻き毟って唸り倒してござった島田せんせい。それが今は…そんなのどこのどなたのお話だろか。お見苦しかった憔悴の態を、全部全部きれいさっぱり払拭しての涼しげに。格式高い英国スーツのCMモデルもかくありきとばかりの、長い脚を組んだ余裕のポーズを取って見せ。暑いときでも熱いものと、香り豊かなコーヒーを味わいつつという しゃんとした偉丈夫ぶりにて。いかにもな余裕の発言、しておいでだったりするものだから。

 “暑いの、苦手じゃあなかったはずなんですのにね。”

 寄る年波のせいと言うよりも、これはやっぱり締め切り寸前まで久蔵と遊んでいたのが敗因かと。今はどこにも余韻の見えぬ修羅場まで、きっちり把握している身なればこそ。敏腕秘書の七郎次お兄さん、

 『甘やかすのは結局 久蔵のためにもなりませぬ。
  先の締め切り前だって、
  いきなり何時間も逢えなくなって、どれほど寂しげに肩を落としていたことか』

 と、次の締め切り前には そうと説教してやろうなんて算段を、澄ましたお顔の裏っかわにて、今からしっかと固めていたりする。

 「どうしました? シチさん。」
 「え? 何がでしょうか? あ、冷たいのお代わり持って来ましょうか?」
 「七郎次、久蔵はいかがした。」
 「おや、そういえばおりませんね。」

 ちょっと見て来ますねと、腹の底なぞ微塵も見せず、にっこり微笑って応接間を後にした、美人秘書さん。肩の上にて、束ねられた金の髪房がひょこり躍ったのを、いってらっしゃいと見送るお二方もまた、絵に描いたように穏やかそうな笑顔だったり……したのだが。

 「…ところで、林田くん。
  そちらさんで今度新しいムック誌が出るそうじゃないか。」

  それも、仔猫の、が。

 「おや、お耳が早い。
  動画配信なんかでも仔猫がブームらしいので、
  遅ればせながら、今はやりの和み系のを出すんですが。」

  スコティッシュフォールドとか、マンチカンとか、
  お馴染みなところは もう素材も集まっているのですが、

 「あと、メインクーンの写真もほしかったんですよね。」

  ところが時期が悪かったのか、仔猫のが なかなか見つかりませんで。

 「ほほお。」

  仔猫の写真が、かね?
  いや、仔猫といいますか

 「ずば抜けて可愛らしい、仔猫の写真がなかなかねぇ。」
 「……おや。」
 「ええもう、なかなかねぇ。」
 「おやおや。」


   ………………大人って。
(苦笑)




       ◇◇◇



 さしずめ、古狸とまだまだ年若いおキツネさんと。
(おいおい) 重いんだか軽いんだか、お互いに含むところありありな会話を交わしてらっしゃる。そんな応接間を後にした七郎次。パタパタパタと軽快な足取りで、お廊下を小走りに進んで向かったリビングでは、

 「あ、いたいた。」

 お庭へ向いた掃き出し窓にへばりつき、ピクリとも動かずに何かを熱心に見ているらしき、小さな坊やの背中が見えて。ふわふかな金の綿毛を乗っけた頭がそうまで至近だということは、おでこがガラスにくっついているのは明らかだったので。

 “……そっか。私や勘兵衛様には坊やに見えてるけど。”

 ホントは毛並みをまとった仔猫の久蔵。そんな身には、この暑さ、随分と堪えているのかも知れず。

 “仔猫にはそうまで暑いものなのかな。エアコンつけた方がいいのかな。”

 大人の家人二人がまた、武芸の心得ありきで頑丈なもんだから。そこのところはわざわざ意識して判断しないといけないことかしらねぇと。無神経だったのへ撫で肩を微妙に落としたまんま、それでも気を取り直すと歩みを進めた七郎次の気配に。彼の側でもさすがに気づいたか。ふるるんと髪を揺さぶると、小さな小さな肩の上で、愛らしいお顔がこっちを向いた。

 「にぁあんvv」
 「〜〜〜〜。///////////」

  さあ皆さん、ご一緒に。(副音声;惚れてまうやろ〜〜〜っvv)

 その輪郭へハレーションがかかって見えそうなほどの白い頬は、相も変わらず無垢な清かさをたたえており。ちょこりと小さな小鼻の下、一丁前にもつんと立ってる唇の先が、されど微妙にうっすら開いている唇の加減と相まって、何とも言えぬ可憐な愛らしさを増させており。華奢な肩に薄い胸元、細い背中という、得も言われず儚げな佇まいには。ほんの小半時前にも抱っこしての、頬と頬とをすりすりし合ったばかりな七郎次お兄さんだってのに、

 「ほらほら久蔵、こっちへおいで。」

 ごめんね、一人にしちゃってたねぇ。今、林田さんが来ているよ。他の編集さんには苦手な人もいるらしいけど、林田さんは大好きだろう?と。歩み寄ったそのまま、すとんとお膝を落としての“さあおいで”と両手を広げた態勢になるのの、何とも素早いことだろか。勿論のこと、

 「みぁんvv」

 久蔵の方も、大好きなお兄さんのお誘い。目許をたわめてのにこぉっと、満点の笑顔でもって応じたものの。

 「にゃあにゃっ。」
 「ん? なぁに?」

 ご本人は、その場からは動かぬままであり。さっきからずっと見やっていた窓の外へと、再び視線を戻す久蔵くん。他所のネコさんでも来てたのかな? 小さなお手々をガラスに張りつけ、こうまでご執心な一体何が見えているのかと。立っちしたままな小さな和子を、ひょいと後ろから抱えてやって、同じ高さの目線で、同じ方向を見やったならば。

  「あ………。」




     ◇ ◇ ◇



 猫や幼い子供によくあることとして、天井間近い一点や、木洩れ陽降りそそぐ梢なんぞ、何にもないのにじっと見ていることがあるという。猫の方はもはや夕張平野のように広く皆様御存知の通り、動態視力や嗅覚、その他、気配を察知する能力が高いので。壁の向こうの気配が判るのかもしれない、樹上をゆらす風の匂いを嗅いでいるのかもしれないが。

  ―― じゃあ子供のほうはというと。

 子供の感覚器は実は幼児の間が一番の成長期なのだそうで。特に訓練をしなくとも、恐ろしく素早くよぎったものを、何であるのかちゃんと見定められたり、超短い一音でも何て曲のイントロかを聞き当てられたりするそうで。惜しむらくは、言語発達が遅れているので周囲の大人が気づけないだけ。
(う〜ん)

  ―― なので

 猫に並ぶくらいの感性の豊かさに何かが引っ掛かっての、大人には見えない判らない、何かが見えているのかも。でもね、あのね。たまに、何もいない空中へ、手を振る子もいるそうなので、そっちはまた別のものが見えているのかも知れなくて……。


 「で。久蔵が見つけたのはこれでした。」

 ふわんと揺れて真ん丸な、まだ新しいらしくて、生きのいい…もとえ、張りもいい。真っ赤な風船、たこ糸つき。
「木蓮の梢に引っ掛かっていたんですよね。」
「ほほぉ。」
 見上げた頂上が天つくほど高いということもないけれど、二月に七郎次が足がつかない高みまで達せただけの、恰幅はある古木であり。その枝に引っ掛かっていたものを、
「お主が登って取ってやったか。」
「はい♪」
 久蔵にはまだまだ無理な高さゆえと、妙ににっこし嬉しそうに微笑っている七郎次だったのは。とんだ即興アスレチックになった木登りをして、ほらお待ち遠う様と、窓辺で待ってた坊やへ、風船の糸を手渡したおり。

 『にゃぁあんvv』

 それまではどこか焦れったげな素振りをさんざん見せての、ぴょいぴょいとその場で跳ねたり、みぃあにぃあと声を上げたりと、落ち着かない雰囲気で待ってた和子だったのが。自分のお顔よりもずんと大きかったそれ、ふわんと揺れる真っ赤な風船を間近にすると。同んなじ真っ赤な双眸を見開いての、うるうると潤ませてしまい。自分の頭の上に浮かぶそれ、じいっと見やっての のけ反り過ぎては。何度も何度も とさん・ころん・ほてんと、お尻から後ろへ転がってしまってて。それでも何のそのと、見とれ続けてしまってた久蔵であったせい。

 「それが…今はもう落ち着いておるのか?」

 まだ回るところがありますのでと、林田さんが帰っていったのを見送りがてら。リビングまでを様子見にやって来た勘兵衛へ。風船を持ったまま“ねえねえ見て見て”と言わんばかり、一直線に突進してったおチビさんであり。糸の端を手首へと結ばれたの、嫌がりもせずにいるのも珍しいならば、

 「お魚の風船のとき以上の興奮状態なんですよ、これが。」

 真白な頬を真っ赤にし、泉にひたした宝珠もかくやと潤ませた双眸をきらきら輝かせ、小さな坊や、ずっとずっと上ばかりを見上げておいで。時折クンクンと手を引けば、風船が微妙に遅れて“・ゆらん、・ゆらん”と揺らめいて。それを見上げていた幼いお顔が、そんな反応を楽しんでだろう、目許口許、やわやわな頬と引っくるめ、“じわわ〜〜〜っ”とほころぶのがまた、

 「〜〜〜〜。////////」
 「お主の反応の方がよほど面白いぞ。」

 口許へ拳をあてがい、目許をきゅうっと下げての、どこか泣き出しそうなお顔になるあたり。相変わらずなようです、こちらの若いおっ母様も。
(笑)
「子供って風船が好きなんですねぇ。」
 実は仔猫の久蔵なので、遠い高みにあるのを見るのとはまた別、近くへ持って来たら怖がるかなぁと思ったのだが。あにはからんや、すっかりと注意を奪われまくりのこの反応であり。

 「…みゃ。////////」

 ふややんほわわん、風船が揺れるたび、見上げている小さな頭ごと、右へ左へゆらゆらと、真似しているよに揺れるのがまた、何とも言えず愛らしく。新しく加わった仔猫のお友達。願わくば、すぐにはしぼまないでねと、この先“どうなるか”を何とはなく知ってる大人二人。それだけをこそりと心配していたのだが……。





  ところが、ところが。



 「…え? っあ、これっ、久蔵っ!」

 ひとしきり遊んでやっての昼下がりを過ごしてののち、そろそろ夕食の支度にかかりますねと、キッチンへ立っていった七郎次だったはずが。不意の唐突に、そんな大声を張り上げたものだから。何だ何だとソファーの上で、転た寝から跳ね起きたのが勘兵衛で。久蔵もまた、はしゃぎ過ぎたかうつらうつら仕掛かっていたのでと、大人二人がほんの一瞬、目を離したその間合いのこと。さっきまで勘兵衛の懐ろへ、依然として風船の糸を結ばれたままなお手々でシャツの胸元へと掴まっての、小さな体をますます丸めて、うとうと・うにゃいと眠りかかっていたはずが。はっとした勘兵衛が顔を上げれば、小さな温みはそこにはなくて。辺りを見回すと、小さな背中が窓辺に立っている。そこから庭へ出られる掃き出し窓は、昼からのずっと、開いたままになっており。そんな大窓の向こう、緑あふれる庭が額縁の中に収まってるよな一景の上端に、赤い何かがちらりと見えた。

  ―― え?

 身を起こしてそちらへと、勘兵衛がゆっくり歩み寄れば。久蔵はじっとそちらを見上げている模様。そう、さっきまで手首に結わえてあった風船が、今は外へ、空へと飛んで行くところだったりし。

 「……久蔵?」

 窓枠に添えられたか細い腕には、結ばれたままな糸の端。結構丈夫なそれだから、勝手に切れたとは思いがたいが、では…どういうことなのか? ああまで気に入っていたのに、自分で糸を切ったということか?

 「みゃん。」

 もはや届かぬ高みへ、青いお空へ飛び立った風船を、じいっと見上げるお顔は、だが。あ〜あというよな、残念そうな風情ではないのがまた意外で。なんでまた、そんな思い切ったことをしたのかと、そちらはキッチンの窓から風船が飛んでったのを見ての、そのまま駆けつけた七郎次と二人。何でだなんでと、しきりと首を傾げてしまっていたものの、




     ◇ ◇ ◇



 『……だって、お陽様の子供だと思ったの、だって。』

 その日のテーブルの上には、島田せんせいが構想を練るためか、それとも単なる息抜きか。家族3人でどこかへ行こうと、計画を立ててた旅行誌が開かれており。雄大な海の写真が幾つも並ぶ中、茜のグラデーションが印象的な空を背景に、そんな海へと夕日が沈む景色のそれが、一際大きく取り上げられていて。

 『あのねあのね?
  久蔵も、シュマダやシチがいつも一緒じゃなきゃ嫌なんだって。』

 あ、シュマダっていうのは勘兵衛のことだよと、判りやすい解説までつけてくれたのが、向こうのお国から遊びに来たお兄さん猫のキュウゾウくん。

 『だからね、真っ赤な風船、お母さんのところに返してあげたんだって。』

 随分と後日になってから、向こうのお国のお兄さん猫が本猫へと訊いてくれ。やっと判ったのが、そんな真相。小さな久蔵が、にゃあにゃ・みゃあと そりゃあ嬉しそうにはしゃぎ、まだお話し、終わらないの?と、小さなお兄さん猫のお膝に抱えられたまま、他人ごとみたいに聞き流していた翻訳こそ。ああまで気に入っていた風船を、なのにあっさりと手放してしまった、真の理由だったりし。

 「お母さん、ですか。」

 勘兵衛や七郎次と、いつも一緒じゃなきゃ嫌だから。だから、その“お陽様の子”もお母さんと一緒がよかろうと。

 「そんな風に思うまでに、育っていたんですねぇ。//////」
 「ああ。」

 お兄さんのキュウゾウくんが、目の前で作ってくれた、タンポポの茎の水車と笹舟と。葉っぱと茎がそんなへ変身したのがびっくりで、勘兵衛が蔵から出して来たお子様プールにて、回したり浮かべたりして見せたの、真っ赤なお眸々を丸ぁるくしてしまった無邪気さを残しつつ。そのお庭の茂みの陰にて、苦手なカタツムリと間違えて、茶色の小石へ“ふぅう〜〜、かっかっ”と、背中をいからせての一丁前にも。威嚇の姿勢を見せたのもまた、短い間での成長には違いなく。

 「久蔵の側からも、お父さんとお母さんだって認められちゃいましたねぇ。」
 「何を今更。」

 随分とじぃんとしたものか、青い目許を潤ませまでして、嬉しい感慨に浸っておいでの七郎次と違い。儂は前々から自覚も覚悟もあったぞと、勘兵衛の側は大威張りに言ってのけ。そしてそしてこの顛末は、


  ―― 曇天が続いた里の空、
     南蛮芝居の一行が飛ばした風船は、さぞや人々の眸を引いたに違いなく。


 夏空に舞った影を妖異と間違えられた風船として、島田せんせいのお話の中へも顔を出してたらしいです。


  まだちょっとお早いですが、


     暑中お見舞い申し上げます





  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.07.16.


  *何だか取り留めのないお話になっちゃいましたかね。
   困ったときの藍羽さんチのお兄さんを、
   またまた勝手に引っ張り出しちゃっておりますし。
(すみません)
   でもでも、本物の風船とのお話も、一度は書いておきたかったもので。
   こんな騒ぎを起こさずとも、
   大人の久蔵さんへと戻ったならば、
   なんてこたぁないとの理解へ、あっさりと及ぶのでしょうけれど。
   仔猫の久蔵ちゃんのほうは、あくまでも。
   ゆっくりゆっくり大きくなってる途中ならしいです。

めるふぉvv ご感想はこちラへ

ご感想はこちらvv  

戻る